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長崎暮らし 「長崎は今日も晴れだった」 

さすらいの木彫り屋kohadaの備忘録

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明けましておめでとうございます




入院している母と 一人で家にいる父のお世話をはじめて 今日で13日め

一時は助からないかと思われた母も

年末に人工呼吸器が外れてからは日に日に元気になり

昨日からは 口から食事を摂り ベットの上でのリハビリも始まりました



実家の母が インフルエンザ肺炎で入院したのが先月17日

その後重症化し 集中治療室に入ったのが20日

人工呼吸器の気管挿管で肺に直接酸素を送る処置がとられました

インフルエンザウィルスを撃退すべく奮闘する免疫細胞の一部が暴走し

自らの肺を攻撃するというレアなケースに

1つめの病院から 「これ以上はうちでは・・・」と 転院を提案され

2つめの病院に移されたのが22日

当時の肺のレントゲン写真は真っ白でした

2つ目の病院でも 「5分5分です」と言われていましたが

懸命に治療してくださり母を助けてくださった

呼吸器内科のチームのみなさんには 感謝してもしきれません


私は 年内最後のイベント出店(23日)を待って 24日の始発で滋賀へ帰郷

「この2、3日が山でしょう」と聞かされました


「普通の状態では耐えられない苦しみ」だという気管挿管

そのため鎮静剤は打ちっぱなしでしたが 声をかけると眼は開けました

母はその頃のことを覚えてはいないらしく それはかえって救いだと思います


付き合いも多く グランドゴルフに詩吟に老人会手芸部の指導員

その上工業ミシンの内職と

病気知らずで 私なんかよりもはるかに忙しくしていた母

自分の健康に自信もあったのでしょう インフルエンザの予防接種もしたことがなく

主治医から 「ワクチンさえ打っていたら ここまでには至らずに済んだのですよ

必ず毎年 予防接種を受けてください」と

父と私は 情けないくらい初歩的なことで注意を受けました


私ももっと気をつけて 何日かおきに電話でもかけて

せめて笑わせて 免疫力上げてあげればよかったのに

ずーっとほったらかしで よほど寂しかったとみえて母は

11月の終わりだったか12月入ってからだったか 手紙をよこしました

「なかなかお声を聞かせてもらえませんので」

そんな書き出しの手紙・・・今それを読むと あまりに申し訳なくて泣けてきます

入院する4日前には電話もあり

「ちょっと風邪気味で畑に行けんかったし遅くなったけど 今日野菜送るでな」

「野菜ありがとう」の電話をした2日後に母は入院したのです


今回のことで 私もいろいろ猛省しました

父が2月に満80歳  母はこの10日に満77歳

やはり年をとってきたのです

母が退院し 二人の生活が立ち行くのを見届けるまでは 新潟には戻れません


もっとよく様子をうかがって大事にしてあげなければ

そう気づかされた 今年の年明けでした






 
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プロフィール

こはだ

Author:こはだ
2014年10月
関西から主人の赴任先新潟へ
2018年4月
転勤に伴い今度は長崎へ
主人と二人暮し
本当はネコと暮らしたい

2017年より木彫作家として活動
他に自己流のタイルクラフトも
屋号 kohada worksで
インスタもやってます
@kohada.ogj
#kohadaworks

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